時代の風景 A Hard Rain’s a-Gonna Fall

その日は曇り空で自治会の先輩に言わせると「デモ日より」らしい。

事情があり20歳で大学1年となった私は仲間と共に成田に近い駅に集まっていた。

ボロ靴に白のワークシャツ、お決まりのジーパンだ。というよりそれ以外の衣服を持ち合わせていないと言うのが事実だ。

母からの仕送りが月5万円、3畳間月9,000円の下宿だ。

まかないはないが、共同トイレに共同洗面所、共同水道(5人の下宿人がいたが)と今では考えらえられない環境だが皆そうだったので何も不自由は感じない。

マルクスの言う「相対的貧困」などと他の下宿人と言い合って笑った。

それより東京の学生生活が楽しく毎日が新鮮だった。

大学も学園紛争なるものが当たり前のようにあり、学内はいつも騒然としている。

アジ演説があれば、アジビラを配る学生、全く関係のないサークル活動、誰もが興味あることに集中して学内は活気に満ちている。

何か大きなものが動いている。ざわざわしている。本当に毎日がわくわくするのだ。

「さあ、行くぞ 1年は先頭をいけ」自治会の先輩の声が響いた。

成田に向かい、デモが始まった。30分もすると雨が降りだした。

デモ隊には「雨」でなお一層の悲壮感が漂う。

いつの間にか私の隣の友人がいなくなり、見知らぬ女性が私の隣で歩いている。

ふと目が合うと彼女は「どこ大の何年生?」と聞いた、「○○大の1年です」と答えた。

彼女は「私は○○女子大3年、雨はいいわ」と言う。彼女はUさんと言う名前で福井の出身だと聞いた。

そうか日本中から東京に集まり、そしてここにいるんだ。

「これから成田まで行進デモとはいかないわ、そろそろよ」と言う。

意味がわからない私は「そうですか」と答えた。

デモ隊の向こうには機動隊と呼ばれる警備隊がいる。

噂で成田の警備は警察の中で一番強力な第7機動隊らしいとは聞いていた。

歩きながら考えた、なぜここにいるのだろう。

そこまで政治に興味があるわけでもない。

かと言って無関心でもない。

学内の雰囲気が、いや時代の勢いが私をデモに参加させているのだ。無理やりそう思うことにした。

雨は激しくなってきた。雨

ボブディランのA Hard Rain’s a-Gonna Fallを想い出した。

ディラン

彼女が言った意味が理解出来た。デモ隊が蛇行を始めたと同時に機動隊とデモ隊の先頭がぶつかり始める。

機動隊は棍棒と盾でデモ隊を押しかえす。

先頭のデモ隊は容赦なく棍棒で打たれる。

デモ隊の前列から3番目の私も彼女も機動隊の標的だ。

彼女はひるまない。何か大声を出している。彼女はひるまない。何か叫んでいる。

機動隊とデモ隊に平等に激しい雨が降り注ぐ。

私のワークシャツは雨で体にへばりつく。彼女の白いブラウスも雨で体にへばりつく。

彼女の下着が目にまぶしい。

デモ隊は押しかえされ、駅まで後退した。自治会の先輩は「今日はよくやった、同志諸君」などと言っている。

私は放心状態で彼女を捜したがもう見えない。

彼女の白いブラウス姿だけが目に焼きつき離れない。

2年になった私はなんとなく要領のいい学生になっていた。

あの時私を突き動かした気持ちは何だったのか?

今でもふと考えるのだ。

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