1980年ではなく2016年 故郷の夏祭り 2016年の夏も1回しかない
- 2016/7/24
- コラム
1980年のことばかり書いたので、
2016年、私の故郷の夏の風物詩「おぎおんさ」(夏祭り)のことを書こう。
私の現在の勤務先の事務所は4階にある。
そこの事務所は、私の故郷の夏の風物詩「おぎおんさ」が一番よく見える特等席だ。
私はこの歳まで、「おぎおんさ」を1時間以上見たことがない。
職業がら勤務していた小売りのお店は人出が多いこのときは
稼ぎ時だし、休みを取ったこともない。
従って、私の故郷の夏の風物詩「おぎおんさ」を映像や言葉では
知っていても、目の前でじっくり見たことはなかった。
しかし今年はじっくり見ることができた。
「祭り」が持つ何か根源的なものを感じるのは歳のせいだけではないだろう。
博多の人が「博多祇園山笠」に「のぼせる」ように、私の故郷の「おぎおんさ」に熱中する人はやはり「のぼせている」。
そう感じた。素直にいいと思った。感動した。感激した。
そして、いい祭りがある故郷をまた少し好きになった。
神輿を担ぐ人、沿道で見守る人、運営に携わる人などなど・・・・・
皆それぞれの日常生活を懸命に生きている。
それぞれの息苦しさを感じているだろう。
それそれの喜びがあるだろう。
そしてそれぞれが懸命に日常を生きている。
そのことが実は一番大切なことだ。
そうだ、何か悩んだら「そいや」と自分に言い聞かせることにしよう。
故郷の夏祭りを感じたいい時を過ごせた。
さあ、明日がくる。